筆者:George Dimitroff, Head of valuations, ISTAT appraiser at Ascend by Cirium
現在、世界各地でインフレが猛威を振るっており、1980年代初頭以来の高い水準にあります(調査対象にもよりますが)。航空機材が取引される主要な使用通貨である米ドルが高インフレに見舞われ、他の多くの通貨もさらに大きな影響を受けています。今は、目先の状況と長期的なトレンドが大きく異なる興味深い時期に入っています。このため、インフレと機材価値の関係を検証する好機と言えるでしょう。
航空機材は米ドル建てで取引されることが多いため、Ascend by Ciriumでは、米ドルの為替変動に影響するインフレ率は、機材価値にも適用されるべき数値であるとの立場を取ってきました。また、私たちは、以前にも申し上げた通り、インフレにより高騰した機材の市場価値(マーケットバリュー)が基準価値(ベースバリュー)曲線に長期間にわたって追随していない場合(そして、おそらくはますます乖離している場合)、インフレ率の高低を優先して機材の価値予測を調整するのではなく、そうした追随していない状況に応じて基準価値曲線を調整する必要があると考えています。
当社の基準価値の予測は、機材の全ライフサイクル(今から30年後まで)を対象としているのに対し、現在の高インフレ環境は、これまでにまだ2年程度しか経験していないことを忘れてはなりません。
このことは、鑑定人にとってジレンマとなります。現在のインフレ的な価格上昇が、今後どの程度永続的に続くのでしょうか。そしてこれからの10年間の後半には、他の市場力学によってどの程度抑制されたり反落したりするのでしょうか。
2022年9月時点の米消費者物価指数(US-CPI)の直近12ヵ月平均の上昇率は8.2%、エネルギーを除けば-6.6%となっていました。エネルギーの要素を除外する理由は、機材価値については、燃料の燃焼コストが基準価値のモデリングで別途考慮されているためです。航空宇宙分野におけるOEM(航空機製造会社)のエスカレーションの算定式では、一般的にドルの変動要因となるUS-CPIに加えて、US-PPI(米生産者物価指数)や他の指数の影響も受けます。私たちが最近、エアバスとボーイングのエスカレーションの算定式について理論出力を計算したところ、上限を設定しない場合には概ね平均して前年比9~10%となっています。一方、補修部品市場ではスペアパーツが10%以上値上がりしているケースもあり、メンテナンスの人件費も現時点で4%程度上昇しています。今後数年間の基準価値を予測する際には、これらの異なる数値をすべて考慮する必要があります。
基準価値のインフレ率とOEM契約価格のエスカレーションの差異
国際輸送航空機貿易協会(ISTAT)が定義する基準価値とは、バランスのとれた市場における機材の長期的な基礎的経済価値を反映したものです。そのため、基準価値に作用するインフレ率は、必ずしもOEM購入契約におけるエスカレーションと同じとは限りません。
航空会社やリース会社が新しい機材を発注する場合、売買契約締結時にまず開始価格で契約します。その後、発注した機材が納入されるごとに、予め定められた計算式に従って納入時の価格が上昇します。一般的に、同一の注文に含まれている機材は、翌年以降は前年度より高い価格で納入されます。通常は、一つの発注書に含まれる全機材のうち、最後に納入される機材の価格が最も高くなる傾向があります。
しかしながら、同じ顧客が同じOEMに同じ機材を新規に(後続して)発注する場合、一般的に、新規発注による最初の納入機は、前回発注による最後の納入機より価格が低くなる傾向があります。
ここがカギになります。なぜなら、私たちが長期的なトレンドを観察したところ、新造機材の価格は過去30年間、一貫してインフレ率に追いついていないからです。それでも、新規発注時の開始価格はなお、その数年前の前回発注時よりも若干高めに設定される可能性は高くなっています。
2回目の発注における全機材の平均納入価格は、1回目の発注における平均納入価格より上昇する可能性が高いです。しかし、2回の注文間の平均新規価格の上昇率は、同じ注文内の個々の機材の価格上昇率より低くなっています
下のチャートは、この概念を説明したものです。不特定多数のシングルアイル機について、同じ顧客が同じOEMに同程度の数量の同一(または類似の)機材を繰り返し発注していると仮定しています。
この長期的な新造機価格の緩やかな傾向こそが、個々の契約のエスカレーション条項の要因よりも基準価値との関連性を強く表しています。当社のオンラインシステムに登録されている機材の基準価値は、将来納入されるものも含め、必ずしも短期的なトレンドを反映したものではなく、過去30年間の新造機材の価格データの分析に基づくものです。
将来の製造年に対する基準価値の予測
1980年まで遡った過去のデータでは、新造機の価格が、(過去のUS-CPIで調整した後の)実質ベースで低下する傾向にあることが示されています。この現象は、当社が算出した基準価値にも反映されており、新たな製造年(イヤー・オブ・ビルド)は毎年、恒常ドルベースで前年より僅かに低い価格帯からスタートしています。
私たちがパンデミック前に行った新造機材の価格動向の分析によると、シングルアイル機の実質ベースの新造価格は、稼働開始から生産終了までに平均年1.7%減少し、ツインアイル機も同じ基準で年2.3%減少していることが判明しました。1.7%と2.3%という数値に大きな変化があるのか、それともまだこれらの数値が当てはまるのか、年末までにもう一度この分析を見直しますが、この実質的な新造価格の下落という考え方は、今後も引き続きイヤー・オブ・ビルドの基準価値を予測する際の重要なポイントになると思われます。
当社による恒常ドルベースのすべての基準価値予測では、オンライン価値評価ツールであるCiriumの Values Analyzerによる評価を反映し、現在から納入年まで、一定して年率2%で上昇しています。納入年以降の基準価値曲線のインフレ率はエンドユーザーが選択できますが、3%以下に制限されます。この予測は、近年は問題もなく有効でしたが、今後数年間に発生する納入には懸念の声が出始めています。
今は少し特別な状況であると認識する
私たちは、現在および今後数年間の市況が、長期的なトレンドとは大きく異なる可能性があると認識しています。それは、今経験している異常に高い米ドルのインフレという要因だけでなく、新造機の供給上の制約があるからです。メーカー各社は、サプライチェーンの問題やその他の障壁があるために、2019年の水準まで生産率を上げるのに苦労しています。そのような要因が重なり、メーカーは数十年ぶりに新造機価格を大幅に引き上げる機会を得ています。これは一時的な市場力学によるものですが、私たちは、一部の価格引き上げはある程度、恒久的になると考えています。だからこそ、今後数年間の機材納入の基準価額に値上げがどう影響するかを検討すべきなのです。
また、前述のとおり、OEMのエスカレーションレートを基準価値に適用することは合理的ではないと考えています。過去には、契約期間が長過ぎて、エスカレーションによって極端に高い価格設定になってしまった顧客が、OEMと再交渉し、その時の市場の状況に合わせてより現実的な水準に価格を下方修正したケースが見受けられました。また、航空会社が、長年にわたってエスカレーションの影響を受けてきた古い注文をキャンセルし、一般的な市場価格で新規に注文するケースも見られました。また、OEMメーカーが、競合メーカーに顧客の事業を奪われたくないという理由で、顧客が機材納入前の支払い(デポジット)を新規の注文に繰り越すことを許しているケースも見受けられます。このことは、現在のOEM購入契約のエスカレーションと基準価値のエスカレーションは同じであってはならない、という私たちの見解をさらに補強しています。
ただし、私たちは毎年の年初に、過去12ヵ月間の複数のインフレデータを評価し、新しい暦年の(現在および将来の)すべての基準価値に実質インフレ率を適用することにより、基準価値を実際のインフレ率に合わせて修正しています。つまり、機材の将来の納入時期に近づくにつれ、納入時の基準価値が長期的なトレンドに基づき、オンラインで当初予測していた数値よりも高くなる可能性があるのです。
年初来のデータの傾向を考慮すると、2023年1月1日にすべての基準価値に適用されるインフレ率は、Values Analyzerが将来のイヤー・オブ・ビルドに自動的に適用する定率2%より高くなる可能性があります。これは、2023年以降に納入される同じ機材の基準価値を2023年1月以降にオンラインで照会した場合、まさに今日オンラインで照会した場合よりも高く表示される可能性があることを意味します。今日示した将来のイヤー・オブ・ビルドの基準価値はあくまで予測であり、他の予測と同様に変更される可能性があります。
目先の現実をより適切に反映させるために、いくつかの調整を予定
私たちは従来通り、今後も毎年1月に実際のインフレ率に合わせて基準価値を修正します。そのため、機材が納入期日を迎える頃には、当社の基準価値は常に目的に適合したものになっているはずです。しかし、今後数年間のイヤー・オブ・ビルドの基準価値をより適切に予測できるようにするべく、他の方策も検討しています。その方策には以下のものが含まれます。
- 私たちは、メーカーが達成した価格上昇の一部が長期的に続くという予想を反映し、将来の製造年において新造機材の基準価値に適用する下落率(恒常ドルベース)を低下させることを検討しています。このような変更は、今後数年間のイヤー・オブ・ビルドに適用される可能性が高く、これからの10年間の後半には徐々に長期的なトレンドに戻ると思われます。
- 私たちは、長期的なトレンドがどうあるべきかを再検討しています。過去の新造機の価格動向の分析内容を更新し、直近の年だけでなく、データが許す限りの過去まで(少なくとも1980年まで)遡り、かつての高インフレ期と低インフレ期の両方を捉えるようにしています。
- 私たちは2023年1月1日には、すべての基準価値にインフレ率を適用する意向です(12月に発表予定)。このインフレ率は、CPIを中心に、エスカレーションの上限やOEMと顧客間のコストシェアリング(費用分担)など、他の要素も考慮したものとなります。
- 現在は、新造機材やエンジンのフルライフ(新造時と同じ状態)の価値のうち、メンテナンスコストとメンテナンス価値の占める割合が大きくなっています。これまで私たちは、すべてのメンテナンス費用について、一般的なインフレ率より1%高い同じ数値で増大させてきました。今後は、メンテナンスのコストまたは価値の「ビッグ5」と呼ばれる各要素(機体の重整備・点検、エンジンオーバーホール、ライフリミテッドパーツ、着陸装置、APUオーバーホール)に個別のインフレ率を適用する予定です。これにより、各要素の前年比増加率の違いをより適切に反映させることができます。例えば、エンジンのLLP(ライフリミテッドパーツ)は、機体の点検よりも大きな割合で増加する傾向があります。この新しい個別エスカレーション率は、2023年1月に一度だけ修正されるのではなく、当社の将来の価値予測にも適用され(フルライフ価値を見る際の入力値となります)、さらにユーザーが選択した一般的なインフレ率に対し、マージンを上乗せして適用されます。
この変更は商用機材にも適用されます。ビジネスジェット機およびヘリコプターも商用機材と同じ割合で一般的な基準価値が引き上げられますが、その維持費や将来のイヤー・オブ・ビルドについては、これらのセグメントの動態や傾向によって適用される手法が異なる可能性があります。
まとめ
基準価値を扱う際には、20~30年先の予測に影響を与える可能性のある短期的トレンドに対し、条件反射的に反応することを避けるのが良好な評価慣行となります。現在の高いインフレ環境は、長期的なトレンドと比較すると、レーダー上の一瞬の急変事象かもしれませんが、より持続的な影響を与える可能性もあることを私たちは強く意識しています。Ascend by Ciriumは、既存のやり方に固執することなく、実用主義的であることを信条としています。そのため、現時点で得られる知識と情報を基に、皆さんに対してできる限り最も現実的な将来の基準価値の推定値を提供することを最終目標として、慎重に調整を行います。
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