CO2目標は出張をどのように複雑化したのか?
筆者: Steve Goldstein, Cirium’s air transport reporter Americas
新型コロナウイルスのパンデミックが発生して以来、企業の出張が2019年の水準に戻る見通しはずっと不透明なままでした。今もその状況は変わりません。
このことは、近年、世界的に広がってきた気候変動に対する懸念を反映しているともいえます。
昨年に行われた英グラスゴーでのCOP26サミットにおいて、参加国は政策レベルで意義のある変化を起こすことを誓約しました。実際に変化が起これば、それは企業にも波及することになります。経営者は出張の必要度とCO2排出量の目標とのバランスを取りながら、意思決定を行うための基準を選択せざるを得なくなるでしょう。
米ワシントンDCに本部を置く非営利団体、国際クリーン輸送協議会(ICCT)のプログラム・ディレクターであるDan Rutherford氏は、出張などの業務から間接的に発生するスコープ3の温室効果ガス(GHG)排出への対応が企業にとって「大きな問題」になっているとCiriumに語っています。
スコープ3の排出量を踏まえた自主的なGHG削減目標を採用する企業が増えるにつれ、今後は出張の削減、CO2排出量の少ないフライトの選択、さらには航空会社や燃料供給企業との契約を通じた持続可能な航空燃料(SAF)の購入が求められることになると予想されます。
Rutherford氏は、環境規制当局に調査・分析を提供するICCTを代表して、SBTi(科学的根拠に基づく目標イニシアチブ)に沿って航空業界の排出量目標を設定する作業に携わっています。
Rutherford氏は昨年末、マイクロソフトに追随してSAFを購入する企業が現れる可能性を指摘しました。アメリカのテクノロジー企業であるマイクロソフトは2020年、アラスカ航空のシアトル発3路線を出張で利用する従業員のカーボンフットプリント(CO2排出量)を削減するスキームの下、オランダのSkyNRGからSAFを購入することを誓約したのです。マイクロソフトはSkyNRGからSAFクレジットを購入し、そのSAFがアラスカの空港の給油システムに納入されることになっています。
Rutherford氏は、マイクロソフトのSAF構想について、「こうした取り組みは今後、増えてくるだろう」と述べました。
大切なのは、二重計上をしないということです。つまり、結果としての排出削減量を主張できるのは、企業、航空会社、燃料供給会社のうち1社だけなのです。
今後のビジネスのあり方
出張の需要は、永久に損なわれることはないにしても、パンデミックの影響により継続的に変化する可能性があります。サプライチェーンの問題はともかく、オフィスワーカーのリモートワークへの移行が進むなかでも、日々のビジネス活動は活発に行われています。このようなリモートワークの長期化は、企業運営のあり方や労働市場に永続的な影響を与えることになるでしょう。
オフィスで働く人が減っても、出張の需要が2019年の水準から自動的に減少するわけではありません。それでも、パンデミック前よりも雇用主に対して影響力を持てるようになったという一部の労働者の確信と、ビデオ会議の快適さが相まって、個々人の出張に対する抵抗感が増している可能性があります。
コンサルタント会社、マッキンゼーのパートナーであるVik Krishnan氏は、2021年7月の米国商工会議所のウェビナーで、パンデミック前に使われていた企業の出張費の5分の1は二度と戻ってこないかもしれないと示唆しました。
Krishnan氏は、「ハイテク産業のようなセクターは、本格的な出張の復活には消極的なのではないか」と語ります。
これらのセクターでは、代替のビジネスの方法を見つけたか、または電話会議の技術を非常に効果的に利用することができたため、真の意味での出張の復活はないかもしれません。
ブラジルの航空機メーカー、エンブラエルのマーケティング担当副社長であるRodrigo Silva e Souza氏は、11月のドバイ航空ショーでKrishnan氏と同様の見解を述べています。同氏は、エンブラエルでは出張者の15~20%はもう戻ってこないと確信しているということを明かしました。
CO2排出にまつわる難問
バーチャルでも可能な会議のために飛行機を使うことや、毎日オフィスに通うことに対する労働者の抵抗感は、今後数年間の出張の需要に水を差す要因になるかもしれません。
さらに、投資銀行や資産運用会社に対して、少なくともCO2排出量を削減しているように見える企業に資本を配分するよう求める株主の圧力が、既に企業の出張マネージャーの意思決定に影響を与えている可能性もあります。
Ascend by CiriumのシニアコンサルタントであるRichard Evansは、「上場企業には、投資家や金融機関から大きな圧力がかかるだろう」と見ています。
こうした状況は、まずヨーロッパで最も実感されてくると思いますが、北米やアジアの一部でも顕著になろうとしています。
Evansは、EUの銀行の中には、早くもパリ協定に従って、CO2削減目標に向けた進捗具合を測定しているところもあると指摘しています。
出張に伴うCO2排出量の削減は、最大の誠意をもって取り組もうとする企業にとっても、非常に複雑なものになる可能性があります。
第一に、ICCTのRutherford氏が触れているように、「排出量の少ないフライト」を選ぶことは、新しいタイプの機材フリートや矛盾し合う排出量・燃料消費量の指標に全体的に移行する中、時間がかかる厄介な作業になるかもしれません。
例えば、北米、中南米、ヨーロッパの航空会社は、ボーイング、エアバス、エンブラエル各社製の燃費の良い新型ナローボディ機への移行を進めてきました。加えて、4~5年後には、ボーイング787、エアバスA350、同A330neoといった、より経済的で燃費の良いワイドボディへの移行が、国際線航空会社の間でより顕著になると思われます。
第二に、機種に基づくフライトの選択は、航空会社が出発直前で機材を変更することもあり得るため、どうにも当てになりません。
Evansは、2019年に航空機による出張で5万トンのCO2を排出した企業が、使った現金と排出量の両方を考慮に入れたグラフにおいて、2050年にネットゼロになる曲線を描くというシナリオを導き出しています。
「実行可能な出張の件数を最大化するためには、企業は最も効率的な機材フリートを保有する航空会社や、より大規模なカーボンオフセットとSAFの導入に取り組む航空会社の利用を優先すべきです」とEvansは言います。
ニューヨーク―ロンドン線のフライトの場合、「ビジネスクラスならA社が最善だが、エコノミーならB社が最善」というケースもあり得ます。こうなると、かなり複雑な計算になるのは目に見えています。最初のうちは、単に各フライトのCO2排出量を見て、出張者に該当するフライトを優先的に予約するよう促すことになるかもしれません。あるいは、出張者に何らかのインセンティブを与えて、排出量の少ない方を選ばせることができるかもしれません。
企業にとって、複雑なカーボンフットプリントの報告や削減を後押しするテクノロジープロバイダーと連携することは極めて重要です。 サステナビリティ(持続可能性)の目標達成に向けた戦略を立てるには、企業がまず自社のCO2排出量を明確に把握する必要があります。 Ciriumは、市場で入手できる最も正確な機材排出量の履歴・予測データを提供し、企業が持続可能性の目標を達成できるよう支援しています。
燃料をめぐって高まる議論
投資家やそうした投資家から恩恵を受ける企業は、SAFの開発および製造が進歩するよう支援することに注力するようになるかもしれません。
再生可能なバイオマスや廃棄物から作られた燃料は、米エネルギー省のエネルギー効率・再生可能エネルギー局から承認を受けており、同局はSAFが「石油由来のジェット燃料と同等の性能を有しながら、カーボンフットプリント(CO2排出量)を少量に抑えることができる可能性があり、航空会社がフライトに起因する温室効果ガス排出を削減するための確固たる足がかりとなる」と表明しています。
SAFの供給はまだ限定的であり、石油系ジェット燃料と比較してコストが高くなっています。それでも、ニューヨーク―ロンドン線の特定のフライトで最大許容量のSAFを使用する意志があると最初に主張した航空会社には、たとえ燃料費が航空チケット代に含まれていたとしても、有名企業数社からのトラベルプレッジ(フライト利用の約束)という見返りがあるかもしれません。
例えば、ニューヨーク―ロンドン線の出張が回復すれば、この路線を利用する金融機関は、CO2排出量を第一に、価格を第二に考える手段を得ることになります。
「業界が模範例を示したいのであれば、実際にそうすることができます。カーボンオフセットにお金を払ったり、価格だけでなく環境に関する信頼度で航空会社を選んだりする余裕ができることになるのです」と、Evansは話しています。
また、航空会社が最新機材やSAFをその路線にシフトさせ、航空機メーカーやエネルギー会社が技術革新の加速によって得られる大きな利益に魅力を見出すことで、波及効果が生まれる可能性も出てきます。
コスト面を重要視する一部の企業は、価格の安いチケットを優先しつつ、CO2排出量の目標を達成するための創造的な方法を模索するようになるかもしれません。出張者にビジネスクラスからプレミアムエコノミー、プレミアムエコノミーからエコノミーへのダウングレードを強制する、またはそうした選択を促すことは、コスト削減とともにカーボンフットプリントの縮小という恩恵をもたらします。
出張時の飛行マイル数と釣り合いを取るためにカーボンオフセットを購入すれば、たとえそのオフセット(相殺)の環境価値が、よく調べてみると疑わしいものであったとしても、投資家に対しての企業の立場はより強くなることでしょう。
「企業にとっては、単純に好きな航空会社やフライトを利用し続けながらも、航空会社によって予め相殺されていない部分をすべて相殺するという選択肢もあります」と、Evansは話します。「オフセットに対しては、私は気候変動に関する多くの団体と同様、非常に懐疑的です。現在では、出張時の排出量をすべてオフセットして、一晩でネットゼロにする選択肢もあると思います」
リース会社のリトマス試験
航空会社やその顧客企業が気候変動に対処するために行う公の試みは、時に冷ややかな目で見られることもあります。しかし、このような取り組みに対するリース会社の投資を否定すべきではありません。リース会社がCO2の排出を減らす技術の進歩のために真剣に投資すれば、変化は本当に起こるかもしれないのです。
「アボロンのようなリース会社が、航空機を購入するために設計図面だけを用意する企業に多額のお金を払うようになった今、排出量削減が真に重要になっていることは周知の事実です」と、Ascend by CiriumのアナリストであるSyed Zaidiは述べています。
アイルランドのリース会社であるアボロンは2021年6月、イギリスのバーティカル・エアロスペースに対し、500機もの電動垂直離着陸機(eVTOL)を発注しました。発注額は20億ドルに上ります。
コーウェンのアナリストであるHelane Becker氏は、ニューヨークで開かれたAirline Economics Growth Frontiersのイベントにおいて、eVTOLは最初、陸上輸送の代替手段として設計されたものの、その役割は拡大する可能性があると示唆しました。
長期的な観点では、こうした航空機が今後スケールアップし、現在設計されているものより大型の機材に一度に200人を乗せてニューヨークからシカゴまで効率よく運航できるように技術が向上することが期待されています。
Zaidiは、リース会社がeVTOLに投資することの意味に注目しており、eVTOLがどのような用途に使用されるかについてはあまり重視していません。
彼は、「通常、リース会社がこのような航空機に触手を伸ばすことは絶対にないでしょう」と語ります。「リース会社は実際のところ、既に定評があって、航空会社からの需要がある機材しか使用しません。しかし、各社とも明らかに、電動機材化戦略に移行していることを示すものを帳簿に書き込む必要があるようです」
アボロンは今年3月、バーティカル・エアロスペース製VX4型機の500機すべてをオーダーブック(注文控え帳)に入れたことを正式に発表しました。
本バージョンの記事は、最初にCirium Dashboardに掲載されました。
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